日常から解放されて癒されたいという気持ちが湧き上がってくると、私たちはその癒しを自然に求めることがしばしばあります。
大自然の中で清浄な空気を吸ったり、雄大な景色を眺めたり、小鳥のさえずりや小川がサラサラ流れる音を聞くなどすることで心身がリフレッシュされる経験をされた方も多いのではないでしょうか。
毎日密集した電車に揺られ通勤し、鉄筋コンクリートのビルの中に閉じ込めれて仕事をする・・・私たちは長いこと、そういった働き方をしてきました。
ストレスや疲労が溜まるのも無理はありません。
肩こり・首の痛み、睡眠不足、腰痛、眼精疲労、ストレスなど心身の不調はオフィスワーカーの多くが抱える悩みです。
しかし、コロナ禍でオフィス以外の場所で働けるようになり、私たちは「働きやすさ」を求めるようになりました。
ある人は自宅を働きやすい環境へとリフォームし、ある人は住みやすさと働きやすさを求めて郊外へと移住しています。
心身共に「働きやすい」環境であることは、ワーカーにとって重要なポイントとなっています。
では、今オフィスには何が求められるでしょうか?
社員にとって「働きがい」があるオフィスであるということでしょう。
社員がいきいきと働けてこそイノベーションや企業の成長が期待できるからです。
本コラムでは「バイオフィリア効果(Biophilia Effect)」に着目し、働きがいのあるオフィスのつくり方について解説します。
「バイオフィリア効果(Biophilia Effect)」とは、自然と触れ合うことで、ストレスが軽減され、集中力が高まり、心身が癒される効果のことを言います。
これらの効果を活用した空間デザインを「バイオフィリックデザイン」と言いますが、オフィスに取り入れた実証実験では、幸福度・生産性・創造性を向上させる効果があったとの調査データが報告されています。
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過半数のワーカーが強いストレスを感じている
『労働安全衛生調査』 厚生労働省 平成30年度 より
厚生労働省が毎年発表している『労働安全衛生調査』によると、仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、過半数を越えている状況が続いています。
その理由を見ると「仕事の質 ・ 量」(59.4%)が最も多く、次いで、「仕事の失敗、責任の発生等」(34.0%)、「対人関係(セクハラ ・ パワハラを含む。)」(31.5%)となっています(※1)。
このように多くの労働者がストレスを抱えている状況ですが、長期にわたるストレス状態は、心身の疾患の原因となります。
次の章では、ストレスの原因となる要素、そして現代特有のストレス要因について解説します。
※1) 平成30年度『労働安全衛生調査』の数値
現代特有のストレス要因とは?
風船を指で押すと「歪み」が生じます。
私たち人間もこの風船のように外部から負荷や刺激(ストレッサー)を受けたときに、心や身体に「歪み」が生じます。この「歪み」が「ストレス」です。
私たちが「ストレス」と言っているものの多くは、対人関係や仕事の量・質を指すことが多いと思いますが、ストレスの原因となるものには他にも様々あります。
外部からの刺激(ストレッサー)は、次のようなものが挙げられます。
内因性ストレッサー | 人間関係ストレッサー | 職場・家族・親戚・近所・友人などとのトラブル |
---|---|---|
社会的ストレッサー | 仕事が忙しい・残業・夜勤・重い責任・借金 | |
精神的ストレッサー | 家族などの病気や死・失恋・解雇・倒産・挫折 | |
外因性ストレッサー | 肉体的ストレッサー | 病気・けが・不規則な生活・睡眠不足・疲労 |
環境的ストレッサー | 騒音・照明・空気汚染・振動 | |
物理的ストレッサー | 温熱・寒冷・気圧などの気象の変化 |
脳がストレスを受けると交感神経が活性化し、脈拍・血圧・体温が上昇します。
これは、身体が緊急事態を察知して、いつでも戦闘・逃避行動を起こせるよう準備をしているということです。
しかし、交感神経が常に活発な状態が続いてしまうと、精神疾患や身体疾患に罹患する可能性が高くなります。
別名「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾール値が高く血圧も高い人は、心臓病・代謝疾患・認知症・うつ病に罹患しやすくなるといったことが分かっています。
現代においては、交感神経を活発化させる要素がたくさん存在します。
現代特有のストレス要因とはどのようなものでしょうか?
① 都市化と生活環境の変化
一つは、都市化とそれにともなう環境の変化です。
2008年、世界保健機関(WHO)が、都会に住む人の数が田舎に住む人の数を初めて上回ったと報告しました。
日本でも同様の傾向が見られます。
三大都市圏(東京圏・名古屋圏・関西圏)の人口割合は、2005年に50%を越え、その後も増加傾向が続いています。
世界の都市圏の人口割合は年々増加傾向にあり、2030年までに世界人口の60%が都市環境で暮らすことになると予測されています。
人間が自然環境から離れて暮らすことは人類史上初めてのことで、長い間自然環境下で生活してきた人間にとっては、人工化された環境(都会)に適応できないという説を唱える学者もいます(※理由は後ほど解説します)。
人間が都会という環境に適応しにくいということは研究でも明らかになっています。
ドイツのハイデンベルグ大学 レダーボーゲン教授による研究では、都市部の居住者は、非都市部の居住者と比べ、不安障害の罹患率が21%、気分障害の罹患率が39%増大し、統合失調症の罹患率は倍増することが明らかになりました。
② デジタル化と情報化社会
日常生活や仕事においてスマートフォンやパソコンといったデジタルデバイスは欠かせないものとなりました。
スマートフォンとパソコンを同時に使用するといったことも珍しくありません。
スタンフォード大学 故クリフォード・ナス教授の研究において、複数のメディアを同時に利用する「マルチタスカー」は、認知機能を要する作業への集中力が低いことが分かりました。
人間の脳は大量に入ってくる情報を選別し、優先順位をつけることで、一番やるべきことに集中できるようになっています。
常に取捨選択を迫られている状態が続くと、認知機能を駆使するために必要なエネルギーを使い切ってしまい、その結果として集中力が切れてミスを犯すようになったり、イライラしやすくなったりします。
また、現在はスマートフォンがいつも手元にあり、いつでもネットに接続できる環境となりました。
知りたい情報に簡単にアクセスできることは便利である一方、脳にとっては大変大きな負荷となる状況です。
ネット上には膨大な量の情報が存在しています。
絶えず流入する情報量を脳は処理し切れず、キャパオーバーの状態になってしまいます。
その結果、記憶したり、思い出したりする脳の機能が弱ってしまうのです。
このような状況が続くことで、心身の健康が乱れ、頭や身体が疲れる、無気力になる、イライラするようになるといった症状が出るようになります。
スマホ依存症やスマホ認知症は現代における社会問題になっています。
ストレスから回復させる自然の力 バイオフィリア
自然には人間を元気にする力があると言われています。
緑豊かな木々や、花や樹木が発散する良い香りに、無意識に癒される感覚は誰しも経験したことがあるでしょう。
このように、自然が人間の心理や身体に与えるポジティブな影響について、アメリカの社会生物学者 エドワード.O.ウィルソンは「バイオフィリア仮説 (the biophilia hypothesis)」を提唱しています (1984 Biophilia)。
「バイオフィリア仮説」では、人間には生まれつき「自然や生物とつながりたい」という欲求が備わっているために、自然の中に身を置くことで不安やストレスが減少したり、物事を明晰に考えられるようになったりするといった現象が起きると仮定しています。
1964年に、ドイツの社会心理学者 エーリッヒ・フロムによって「バイオフィリア (Biophilia)」(※2)という概念が提唱され、その後、ウィルソンによってその概念は広く世に知られるようになりました。
80年代に入ってこの概念が広がっていった背景には、コンピューター技術の発達により情報化社会になっていったことが関連していると考えられます。
インターネットを利用するようになり、私たちは様々な恩恵を受けてきました。
しかし、その普及とともに室内で過ごす時間が増えるといったライフスタイルの変化が起こり、人と対面したり、外で体を動かす機会が減少していきました。
そのことにより、イライラ ・ 不安感 ・ 疎外感などメンタルの不調を訴える人や、肥満 ・ 生活習慣病患者の増加などが表面化してきました。
このような時代背景を受けて、自然環境が与える心理的影響やそのメカニズムが研究されるようになりました。
日本では1982年に林野庁より「森林浴」が提唱されました。
日本の国土の7割を占める森林を有効活用して心身の健康づくりに役立てようというものでした。
森林浴は健康に良いということでマスコミ等で話題になり森林浴ブームが起きました。
その後、2003年に、科学的エビデンス基づいた森林浴、「森林セラピー」を提唱したのが、千葉大学 環境健康フィールド科学センター 宮崎良文教授です。
宮崎教授は、「バイオフィリア仮説」を支持するひとりですが、人間が自然に触れることでストレスから回復する理由について、「人間は(進化の過程の)99.9%の時間を自然の中で過ごしてきため、生理機能はまだ自然に対して適応している」からだと述べられています。
人間は600〜700万年という長い年月を経て、現在の姿へと進化してきました。
しかし、産業革命を都市化(人工化)の始まりだと仮定すると、人間が人工化された環境下で過ごすようになって、たったの2〜300年しか経っていません。
遺伝子の変化には、最短でも1万年程度の時間を要するということなので「(人間の)生理機能はまだ自然に対して適応している」という理論は妥当だと言えるでしょう。
※2) バイオフィリアとは、「バイオ = 生命・生き物」と「フィリア = 愛好・趣味」を組み合わせた造語で、「生物・あるいは生命のシステムに対する愛情」を意味する概念です。
自然が人間に与える影響とは? 科学的エビデンス
バイオフィリア仮説を直接裏付ける遺伝子が発見されたわけではありません。
しかし、人間の脳が自然からの刺激に敏感に反応することは科学的にも認められています。
科学的な立証を可能にした背景には測定機器の技術的な進歩があります。
従来の測定方法は、質問紙等による主観評価が主流でした。
測定機器の技術的な進歩と小型化が、生理学的評価法による研究の進歩に大きく貢献することになりました。
生理学的評価法によって、例えばこんなことが分かります。
花の香りを嗅いだとき、「心地良さ」や人によっては「不快さ」を感じます。
このとき、人の体の中で細胞や器官などがどのような変化を起こしているのかを観察できます。
人間が自然に触れることでストレスから回復するかどうかについては、「脳活動 ・ 自律神経活動 ・ 内分泌活動 ・ 免疫活動」の4つの方法で評価されます。
脳活動 | 近赤外分光法(NIRS)によって、脳前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度の変化を測定 |
---|---|
自律神経活動 | 血圧・心拍数の他、心拍変動(HRV)によって、ストレス状態で高まる交感神経活動、及びリラックス状態で高まる副交感神経活動の変化を測定 |
内分泌活動 | 唾液から、ストレスホルモン(コルチゾール)濃度の変化を測定 |
免疫活動 | ナチュラルキラー細胞の増減を測定 |
人間が自然に接すると、目 ・ 耳 ・ 鼻 ・ 皮膚などの感覚器官が刺激を受け取り、何らかの生理応答を引き起こします。
この生理反応を調べることでストレスからの回復力が分かります。
千葉大学 李 宙営氏の研究では、森の中をゆっくりと散策すると、都会を歩いている時と比べ、コルチゾール値が16%、交感神経の活動が4%、血圧が1.9%、心拍数が4%低下することが分かりました。
また、千葉大学の別の研究では、3日間、2~4時間ほど森の中をハイキングしてもらう実験したところ、NK細胞が40%増大することが分かりました。
樹木が発散する「良い香り」成分であるフィトンチッドがNK細胞を活性化させた要因だということです。
このように、私たち人間は自然に触れることでストレスから回復できるということが科学的に立証されるようになりました。
目・鼻・皮膚を介して得られる木材のリラックス効果とは?
最近では、オフィスに木製の家具が採用されることも多くなりました。
デザイン性だけでなく、落ち着いて働けるオフィス環境の構築を望まれる企業が増えているということでしょう。
木材(自然)のリラックス効果を無意識に感じているのかもしれません。
そこで、本章では木材のリラックス効果についてご紹介します。
千葉大学 環境健康フィールド科学センター 宮崎良文教授らは、自然がもたらす快適性を「自然セラピー」として、科学的な側面から研究しています。
人間はストレス状態に陥ると、免疫機能が低下してしまうため、細菌やウイルスによる感染症にかかりやすくなったり、癌を発症するリスクが高まります。
前章で触れましたが、人間は自然に触れることで、ストレスから回復することが期待できます。
ストレスから回復するということは免疫機能も同時に回復することになりますので、予防医学的効果も期待できるのです。
千葉大学 環境健康フィールド科学センター 特任助教 池井晴美氏の研究では、嗅覚 ・ 視覚 ・ 触覚といった感覚器官を介した木材のリラックス効果について、次のようなことが明らかになりました。
① 嗅覚|ヒノキの香りがもたらすリラックス効果
引用元 : 『ヒノキ葉油の嗅覚刺激による脳前頭前野活動と副交感神経活動の変化』
女子大学生19名に、ヒノキ材を天然乾燥したチップの香りを90秒間吸入するといった実験を行ったところ、吸入前に比べて、前頭前野活動の鎮静化、副交感神経活動の亢進が認められました。
脳がリラックスすることが明らかとなりました。
樹木が発散する「良い香り」成分であるフィトンチッドがNK細胞を活性化させることは前述した通りですが、木材の発する芳香性揮発物質はリラックス効果だけでなく免疫力を回復させることも期待できます。
② 視覚|木目の柄の向きでリラックス効果が変わる
引用元 : 『縦貼・横貼木質壁画像の視覚刺激による脳前頭前野活動の変化』
木材を見た時、何もない時に比べ脳の活動が沈静化することが分かっています。
大型ディスプレイに、実物大の木材を縦方向に貼った壁 (縦貼)と横方向に貼った壁 (横貼)、そして比較のための対照刺激としてグレー画像を投影し、被験者の女子大学生28名にそれぞれ90秒間見てもらう実験を行いました。
結果は、縦貼 ・ 横貼共に脳前頭前野活動が鎮静化することが分かりましたが、縦貼の木質壁画像を見た時が最も左右前頭前野活動が低下し、リラックス効果を確認することができました。
このように木目の方向によってもリラックス効果に差が出ました。
オフィスの壁に木材を採用する場合にはこういった効果を利用してみるのも良いでしょう。
③ 触覚|塗装有り無しでリラックス効果が変わる
建築素材の違いによってリラックス効果に変化があるのかを調べました。
素材には、30cm平方、無塗装のホワイトオーク材、大理石、タイル、ステンレス用意し、被験者の女子大学生18名に、目を閉じた状態で、各種素材に手で90秒間触ってもらいました。
結果は、木材に触ると脳活動を沈静化させ、リラックス時に高まる副交感神経の活動を亢進させることが分かりました。
また、無垢材と塗装材によってリラックス効果に違いがあるかも調べました。
木材にはホワイトオーク材を採用し、塗装を施さない無垢材、オイル塗装材、ガラス塗装材、ウレタン塗装材、ウレタン塗装厚塗材の6種類を用意し、被験者にそれぞれ触れてもらいました。
結果は、無垢材に触れると左右前頭前野活動の低下、副交感神経活動の上昇、心拍数の低下が見られました。
自然に近い無垢材が人間の脳をリラックスさせる効果があるということが明らかになりました。
木材の種類については、ヒノキやスギについても同様のリラックス効果があるということが分かりました。
「雑音」が集中力を高める?集中とリラックス効果を得られる音とは?
オフィスの中で騒音に悩まされていることはないでしょうか。
オフィスにおいて発せられる騒音には、電話で話す声、キーボードの操作音、生活音、OA機器やサーバーの音などがあります。
騒音は、精神(頭脳)労働のような集中力を必要とする作業ほど影響を受けやすいと言われています。
ですから、企画書を書いたり、メールの文章を考えたりというようなデスクワークの妨げとなってしまいます。
また、個人の感受性の強さにもよりますが、心理的影響も大きく騒音がストレスとなると、労働意欲を低下させ、結果的に生産性を落としてしまうといった悪循環に陥ります。
集中力を高めるには、騒音となっている音を遮る必要があります。
だからといって無音状態でも人間は集中することができません。
50db程度の雑音があった方が集中力が高まると言われています。
ちょうど書店の店内くらいの静かさです。
それでは、どのような「雑音」が集中力を高めるのでしょうか?
雨音や波の音、川のせせらぎ、鳥の鳴き声、焚き火の爆ぜる音、そして喫茶店の雑踏などの音が効果的だと言われています。
これらは「環境音」と呼ばれており、音声や音楽以外の日常的な環境が発している音のことです。
人間の脳は、複数のことを並行して処理することが苦手であるため、歌や好きな曲を聴くと「聴く」という作業が追加されてしまうことになります。
したがって、音声のない、集中力を途切れさせない「環境音」が効果的であるということです。
また、環境音には「1/fゆらぎ」という人が心地よく感じるリズムが存在します。
ゆらぎとは、あらゆるものの予測できない空間的・時間的変化や変動のことを言います。
川の流れも雨音も鳥の鳴き声も規則性があるわけではありません。
不規則な「ゆらぎ」の波長が聴覚を通して脳に働きかけ、自律神経を調節することで感情や情緒を安定させます。
バイオフィリックデザインとは?どのような効果やメリットがあるのか?
本章では、バイオフィリックデザインについて紹介します。
バイオフィリックデザインとは、「(人間は)生まれつき自然とつながりたいという欲求を持っている」というバイオフィリアの概念を空間デザインに取り入れた手法のことです。
植物、自然光、香りなど自然の要素は、人間をストレスから回復させる効果が期待できます。
これら自然の要素を住宅やオフィスなどの建築物に取り入れることで、ストレスの軽減や集中力の向上を目的としています。
アメリカのコンサルティング会社ロバートソン・クーパーは、世界16か国(※3)7,600人のワーカーを対象に、オフィス環境におけるのバイオフィリックデザインの効果について調査を行いレポートをまとめています(※4)。
本レポートでは、「自然光」や「植物」など、自然の要素を取り入れたオフィス環境で働いているワーカーは、そうでないワーカーに比べて、次の3つのメリットがあると報告されています。
- 幸福度 15% UP
- 生産性 6% UP
- 創造性 15% UP
では、オフィス内に自然の要素をどのように取り入れれば、効果的な結果を得られるのでしょうか。
キーとなる要素は、「緑」「自然光」「窓」です。
緑のあるオフィスは幸せ・やる気を感じる
オフィスに足を踏み入れるとき、緑化された空間がオフィス内にある場合と、そうでない場合と比べ、前者の方がはるかに「幸せ」と「やる気」を感じるということが明らかになりました。
また、緑がないオフィスに足を踏み入れると、「不安」や「退屈」を感じるということも明らかになりました。
目に見える場所に植物を置くことは、心身の健康を良好に保つために重要なことです。
もし、心身の健康を害しているのなら、近くに緑、特に植物がないことが原因となっている可能性があります。
社員が健康に働くためにオフィスに自然光を取り込む
「自然光」は、ワーカーがオフィス環境に最も求める自然の要素です。
しかし、47%のワーカーが自然光が入らないオフィス環境で働いているということが分かりました(※4)。
自然光や緑のない職場では、疾病による欠勤率が高かったと報告されています。
欠勤率の低減に大きく影響したのが「窓」の存在です。
「窓」がもたらす自然光や眺望が、ストレスの軽減や疾病による欠勤率の低減につながることが分かりました。
また、自然光と窓からの自然の眺望は、幸福度と生産性を支える重要な要素でもあります。
自然の眺望がないオフィスで働くワーカーは、生産性が損なわれたと報告されています。
オフィスレイアウトを考える際は、窓の外の風景が着席した状態で視界に入るようデスクを配置するなどの工夫をすると良いでしょう。
窓が確保できない場合は、写真などで自然の景色を再現しても効果があります。
ミシガン大学のスティーヴン・カプラン教授の実験では、自然の風景写真を短時間見ただけでも、被験者の脳が(部分的に)回復することが分かっています。
特に認知機能と物事を実行する際に必要な注意力の測定結果に大きな改善が見られたということです。
自然の模様・質感・色の多様性が脳を刺激する
窓から見える表情豊かな景色は脳の活動を活発にし、「喜び」を感じさせると言います。
なぜ人は移り変わる景色を見ると「喜び」を感じるのでしょうか?
自然の景色が脳の報酬系を刺激することが理由のひとつであると指摘されています。
報酬系は快楽に関わる分野で、心地よい刺激や行動があると活性化され、快感をもたらすドーパミンの分泌を増やします。
具体的には、自然の模様 ・ 質感 ・ 色の多様性といった要素が「喜び」を感じさせるということです。
「自然の模様」ですが、自然界には「フラクタル」と呼ばれる幾何学模様が存在します。
植物の葉や雪の結晶、空に浮かぶ雲など、自然の模様です。
アメリカのナノ粒子物理学者リチャード・テイラーは、フラクタルの幾何学模様を見ているときの脳波を測定する実験を行いました。
「フラクタル」を見ることで、被験者の前頭葉からアルファ波が発生し、脳がリラックスした状態になることが分かりました。
「質感」は既述の通り、塗装材より無垢材の方が脳をリラックスさせる効果があることが分かっています。
自然素材の質感を表現したざらついた材質のものをデスクのような触れる場所に採用すると効果的です。
また「色の多様性」については、「自然とのつながりを感じさせる色彩」が施された空間にいるとき、人間は刺激を受けたりリラックスできることが分かっています。
「自然とのつながりを感じさせる色彩」とは、草原でよく見られる色、特に植物に関連する色のことを指します。
人間は、そのような色彩を好むことが分かっており、豊かな自然の景観で見られるような色は、きれいな水 ・ エネルギーに満ちた植物 ・ 果物 ・ 花を連想させるそうです。
ワシントン大学の生物学者ゴードン・オーリアンズ氏の唱える「サバンナ仮説」によると、自分たちが進化してきた環境やその景観を好ましく思うのは、それが生物学的な特質として人間に染みこんでいるからだとされています。
アフリカのサバンナで見られる河川の青 ・ 緑 ・ 褐色がかった金色 ・ 黄褐色 ・ 茶色などのようなアースカラーが好まれる傾向にあります。
本レポートでは、オフィス環境をデザインする際は、そこで働く人々がより優れた業績をあげられ、幸せかつ健康に働けるように、ワーカー個々の好みの違いを慎重に考慮することが重要だと述べています。
自然の要素を取り入れたオフィスデザインであれば良いということではありません。
※3) イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、スウェーデン、デンマーク、アラブ首長国連邦(UAE)、 アメリカ、カナダ、ブラジル、オーストラリア、フィリピン、インド、中国およびインドネシア
※4) 『Human Spaces: 世界中の職場における、バイオフィリックデザインが与える影響』
【最新版】 バイオフィリックデザインを取り入れた事例5選
本章では、バイオフィリックデザインを取り入れた事例をご紹介します。
貴社のオフィスづくりの参考にしてみてください。
① 自然光が差し込む明るく開放的な空間
心地よく学べる環境を提供するため「カフェのような明るくナチュラルな空間にしたい」とのご要望。
家具や壁の木質感、そしてエントランスから応接スペースまで壁を設けず開放的な空間となっています。
また、応接スペースは窓からは外光が差し込み、空間全体を包み込むような明るい雰囲気づくりに一役買っています。
② 観葉植物を空間全体にあしらったオフィス
空間全体に観葉植物を配置しています。
床から家具まで木材を使用されたオフィスで暖かみのある空間になっており、グリーンとの調和もおしゃれです。
窓際にはカウンター席を設けています。
窓は、バイオフィリックデザインにおいて重要なポイントで、自然光や眺望はストレスの軽減、そして疾病による欠勤率を下げることにつながります。
③ オフィスグリーンで話しやすい雰囲気づくりに
壁だけでなくワークスペースの随所に観葉植物を置いています。
部門を超えた社内交流を促すため、フリースペースを採用し「話しやすい」空間づくりをされています。
エントランスからは自然光がいっぱい入る明るいオフィスですが、外にはテラス席が設けられており、社員の皆さんがランチや休憩時のリフレッシュスペースとして利用されています。
空間全体のデザインは木目と黒で統一。
上品なオフィスデザインに仕上がっています。
④ 壁面緑化されたエントランス
一面、緑をあしらったエントランスは、出勤する社員の「やる気」を上げ、来社するお客様に「幸せ」を感じさせるような効果が期待できそうです。
株式会社ネットレイズ様のオフィスは、ミーティングスペースやワークスペースにも壁面にグリーンが採用されています。
緑視率が増えると心理的リラックス効果が高まるということが分かっています。
豊橋技術科学大学の松本名誉教授らの研究によると、緑視率が10〜15%の値のとき、ストレスが平均11%以上軽減するいうことが明らかになりました。
オフィスグリーンを取り入れる際の目安となりそうです。
⑤ 木に囲まれた居心地の良いリフレッシュスペース
移転を機に働きやすいオフィスを目的としてリフレッシュスペースを新設されました。
テーブルとカウンターはオーダーメイドでつくり、アースカラーのソファーを採用しました。
木に囲まれた空間は、リフレッシュスペースを利用する社員のみなさんに居心地の良さを感じでいただけることでしょう。
まとめ|働きがいのあるオフィスを構築する鍵は社員のメンタルヘルスを保つこと
最後に、改めて考えてみたいことがあります。
「働きがいのある」オフィスとはどんなオフィスでしょうか?
それは、社員の皆さんが「働きやすさ」だけでなく「やりがい」を感じて働けているオフィスだということです。
アメリカのCDC(疾病対策センター)のサイトには、メンタルヘルスの不調やストレスが従業員に与える悪影響として次の4つが挙げられています。
- 仕事のパフォーマンスと生産性 (Job performance and productivity.)
- 自分の仕事との関わり (Engagement with one’s work.)
- 同僚とのコミュニケーション (Communication with coworkers.)
- 身体能力と日常機能 (Physical capability and daily functioning.)
メンタルの不調やストレスを抱える社員が「働きやすさ」や「やりがい」を感じることなどありません。
社員のメンタルヘルスが良好であれば、社員は意欲的に働くことができます。
そして、メンタルが良好な社員が働くオフィスは、社員同士の関係性も良好になり、結果的に業務パフォーマンスが向上し、生産性も上がるといった良い循環を生み出します。
本コラムで紹介した「バイオフィリックデザイン」は、自然と触れ合うことで、心身が癒され、集中力が高まるといった効果を空間デザインに取り入れることで、人間のメンタルヘルスを良好に保つことを実現しようとしたものです。
デジタル化された現代社会は便利になる一方で、人間のメンタルヘルスがダメージを受けやすい社会でもあります。
バイオフィリックデザインを取り入れることで、社員のストレスを軽減させ、働きやすく、やりがいのあるオフィスを構築することが、結果的に社員にとって「働きがいのある」オフィスになると言えるでしょう。
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